クレヴィア日本橋浜町

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外観・浜町公園[約20m/徒歩1分]より望む

品格の継承。
地の誇りを継ぎ、次の時代へと伝えていく邸宅には、確かな品格が必要だ。譜代大名たる笠間藩牧野家の下屋敷跡※1という由緒を有する「クレヴィア日本橋浜町」。目指したものは、時代を超え、確かなものとして伝えられてきた本流の様式。意匠にこだわり、素材を愛し、質感を尊重して創り上げられる建築作品が、ここに生まれる。
レーモンド設計事務所×CREVIA

品格の継承。

地の誇りを継ぎ、次の時代へと伝えていく邸宅には、確かな品格が必要だ。譜代大名たる常陸笠間藩牧野氏の下屋敷跡※1という由緒を有する「クレヴィア日本橋浜町」。目指したものは、時代を超え、確かなものとして伝えられてきた本流の様式。意匠にこだわり、素材を愛し、質感を尊重して創り上げられる建築作品が、ここに生まれる。

レーモンド設計事務所×CREVIA

モダン建築の巨匠、アントニン・レーモンド。

モダン建築の巨匠、アントニン・レーモンド。

1919年。ひとりの若き建築家が、帝国ホテル建設のため来日した。彼の名はアントニン・レーモンド。レーモンドはホテル完成後も日本に留まり、そのアトリエからは数々の傑作が発表されていった。彼は決して西洋建築をそのまま移植するという安易な手法は採らなかった。その設計哲学は

1919年。ひとりの若き建築家が、帝国ホテル建設のため来日した。彼の名はアントニン・レーモンド。レーモンドはホテル完成後も日本に留まり、そのアトリエからは数々の傑作が発表されていった。彼は決して西洋建築をそのまま移植するという安易な手法は採らなかった。その設計哲学は"もとよりある環境を尊び、その場に最もふさわしい建築を創造する"というもの。日本の自然と風土を知り尽くしたレーモンドは、国籍や様式を超越した建築空間を創造し続けた。そしてその真の独創性ゆえに、彼の名は没後40年を経ても語り継がれている。

住まいづくり50年の歩みの中で私たちが常に見つめ、創造してきたもの、それは“街の住まいの未来”です。

住まいづくり50年の歩みの中で私たちが常に見つめ、創造してきたもの、それは“街の住まいの未来”です。

多様化・個性化するライフスタイルや価値観にお応えするために、お住まいになる一人一人を想う細やかな視点と、未来の都市と暮らしへの大きな視野を持って、住まいや暮らし方の「新しい価値創造」を追求していきます。

多様化・個性化するライフスタイルや価値観にお応えするために、お住まいになる一人一人を想う細やかな視点と、未来の都市と暮らしへの大きな視野を持って、住まいや暮らし方の「新しい価値創造」を追求していきます。

※全て分譲済

デザイン監修者が語る、プロジェクトへの想い。
日本橋の格式にふさわしい、誇り。歴史ある地にふさわしい、深み。それらを兼ね備えた、日本橋浜町の象徴となる建築を追求した「クレヴィア日本橋浜町」。そのコンセプトとデザイン監修を牽引してきたレーモンド設計事務所の田實真が、プロジェクトを語る。

デザイン監修者が語る、プロジェクトへの想い。

日本橋の格式にふさわしい、誇り。歴史ある地にふさわしい、深み。それらを兼ね備えた、日本橋浜町の象徴となる建築を追求した「クレヴィア日本橋浜町」。そのコンセプトとデザイン監修を牽引してきたレーモンド設計事務所の田實真が、プロジェクトを語る。

※1出典元「尾張屋版切絵図(穴八幡宮所蔵)1849年発行」

※掲載の完成予想CGは計画段階の図面を基に描き起こしたもので、実際とは異なります。植栽は樹形や枝ぶり、葉の色合い等は想定であり、特定の季節の状況、入居時期を想定したものではなく、竣工からの初期の生育期間を経た状態のものを描いております。また、外観形状の細部・設備機器等の詳細は表現しておりません。周囲の建物・電柱等は省略しております。